2013年1月18日金曜日

子供を侮る無かれ

町内会やら、他人の家に遊びに行ったりで、割と子供と接することが多くなった。小学校入学前~低学年程度の子。

もう30にもなって、いい加減若者って感じでもないので、子供と接するときの一人称は「おっさん」を使うことにしている。パパ、ママ、お父さん、お母さん、おじさん、おばさんなどを呼び慣れている子供にとって、なんの障害もなくおっさんと呼ばせてくれる俺は貴重な模様。要するに、完全に遊ばれる。

基本、天上天下唯我独尊の性格。他人に気を使うというのは苦手だけれど、子供は未知の可能性があるので、何とかそれを引き出して知見を我がものにしてやりたい。そんな一心で、いかに子供に心開かせるかという工夫をこらす。

子供と接するときに大事にしていること。

まずは、目線を同じにすること。物理的にも精神的にも。上から目線で威嚇しても、子供は心開かない。姿勢を低くする。これ重要。高さは、遊ぶ時には発揮するが、例えば本を読む、ご飯を食べる、そんなときにはなるべく子供と同じ目線になる。

子供扱いしない。赤ちゃん言葉を使ってみたり、何でもかんでもかわいいと言ってみたり、甘やかしたり。そんなことは絶対しない。この前は、簡単などうぶつしょうぎみたいなもので6歳児と勝負。まあ、当然普通にやって負けるわけがないので、いろいろハンデは与えた。それでも俺が勝つので、ちょっと教えてやったりして勝たせたら、その子が言ったのは「今のは教えてもらったからつまらない」と。つまり、ハンデを受けるのは実力差だから認めるが、教えられるのはプライドに関わるわけだ。子供だと思って子供扱いすることが、逆にその子を傷つけている可能性もある。

怒るところは怒る。子供は割と理不尽に殴ってきたりする。それは、例え大人であっても痛いのだ、ということを知らしめる。ルール違反をしたら、ゲームで負けにする。泣こうがわめこうが、ルール違反は覆らないということを、きっちり教えるべき。
前に、俺が何回あしらっても突進してきて、仕舞いにはけ飛ばそうとする子供がいた。そいつが俺を蹴ったあと、座らせて、にっこりわらってほっぺたを軽くはたいてみた(はたいたといっても、触ったくらい)。「殴られたら痛いんだよ」って。わがまま放題の程度を知らない子供には、きちんと痛い、という感情を教えないとと思う。(体罰と何が違うか、と言われると、若干苦しいが、少なくとも俺は対等なレベルで話していた、とは言える。)

そうやって、レベルを合わせて接すると、子供は本当に様々な表情を見せてくれる。俺が絵本を読んであげていたのがいつの間にか俺が読み聞かせられていたり。子供から学ぶことは多い。

転じて、これは一般的な教育にだって当てはまる。先輩だからといって、上から話さない、相手を対等に扱う、叱るところはきっちり叱る。そうすれば、相手だって成長して、そのうち自分を追い越していくだろう。

子供だろうが、後輩だろうが、若いものを侮る無かれ。彼ら彼女らは、自分より若い分、それだけ多くの可能性を秘めているのだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿