2022年5月4日水曜日

AIのべりすとを使って自分の夢を小説にしてみた

こんにちはこんばんは。

中国のゴールデンウィークはない!と思っていたんですが、四連休で飲んだくれてちょっとぐったりしています。

さて、今日はAIのべりすとというサービスをいまさらながら見つけたので、自分の夢を入れて作ってみました。

基にした自分のTweetはこれです。

そのまま入れて、 9回ほどAIを回してできたのが下記です。

地球から亡命してたどり着いた惑星の入り口で現地の先住民に歓迎を受けたが、そこは実はデビルマンたちが400年かけてテラフォーミングした惑星で、他者は感染症の蔓延を防ぐために移住は認めない惑星だとわかった。デビルマンたちは好戦的ではなく、むしろ正体がバレるのを恐れていた。だが、地球人と異星人は共に暮らすことはできない。そこで、彼らは移民船を使って、地球人をこの星から脱出させることにした。

移民船は、この惑星の住人たちの協力もあり、無事離陸に成功する。しかし、ここで問題が発生した。移民船が着陸した地点には巨大な岩山があり、その内部には「地獄の門」と呼ばれる洞窟があったのだ。
「地獄」とはつまり、悪魔や魔物が住む世界のことである。移民船の科学者たちは、その洞窟の中にエイリアンの本体があるのではないかと考えた。そこで、移民船は洞窟の中へと入り込む。

移民船を操縦していた船長は、移民船のAIに命じた。「もし、この中にエイリアンがいるとしたら、お前ならどうする?」と。AIはこう答えた。「私は、私の任務を遂行するだけだ」。AIは移民船をコントロールし、洞窟の奥深くへ進んでいく……。

宇宙船のコクピットには、様々な計器が並んでいた。レーダー画面を見ると、そこには無数の光点が表示されている。それは、移民船がこの星の上空を通過した際に、観測できた生命体の反応だった。この星では大気や重力も地球のそれとほとんど同じであり、移民船は順調に降下していった。

移民船は、ついに目的地である洞窟の内部に到達した。すると、そこには想像を絶するような光景が広がっていた! 洞窟の中には、人間に似た姿の生物がいた。だが、明らかに普通の人間ではない。肌の色は青白く、頭髪はない。顔つきもどこか爬虫類を思わせるものだった。そして、何よりも異様なのは、彼らが全身にまとう鱗だ。まるで鎧のように分厚く頑丈な皮膚を持ち、中には血管のような筋が走っていた。

移民船は、その未知の種族に対して友好的に話しかけたが、返事はなかった。やがて、移民船に搭載されているコンピューターが、相手の言語を解析した結果を伝える。それによると、「我々は、貴様らと言葉を交わすつもりはない」「我々は、貴様らを決して許さない!」という拒絶の言葉が返ってきただけだった。

移民船は、やむなく攻撃を開始した。だが、相手の方が戦闘技術においては優っていたらしく、移民船は一方的に追い詰められていく。移民船の船体に亀裂が入り、武装が次々と破壊されていった。それでも、移民船は戦いをやめようとしなかった。

移民船に乗り込んでいたパイロットは、最後の力を振り絞ってミサイルを発射した。それが直撃した瞬間、謎の生物の身体は大きく膨れ上がり、爆発四散する。こうして、移民船は危機を脱することができたのだが……

デビルマンはどこかに行ってしまったけど、物語の導入としてはいい感じ? まだ触ったばっかりで、本当はストーリーや登場人物設定もできそうなので、おもしろい夢を見たら遊べそうです。

このツールを使って自分の発想を広げたい

で、本当にやりたいことはなんなのかというと、もちろん小説を書きたい!というわけではなく(そんな気持ちがゼロというわけではないけれど)、最近ちょっとやっている「知的生産」のところにAIを入れられないか?という考えを持ったからです。

私の趣味というよりライフワークは言うまでもなく飲酒で、一人でも飲酒をしているし何なら壁とでもしゃべれるんですが、当然のごとく壁からはフィードバックはないので、結局自分の発想を超えられないのかな?と思ったわけです。

そこで見つけたのがこのサービスです。ここに自分の発想を入れていけば、自分では得られない発想がどんどん出てくるのではないか?ということです。

ちょっとずつ毎日遊ぼうかなー

※決して一人で飲んでフィードバックを得てさみしさを紛らわす、みたいなことではありません

2022年4月24日日曜日

中国の美容系マッサージに行って感じた「ほめる」ということ

中国の美容系マッサージに行って感じた「ほめる」ということ

こんにちはこんばんは。今日の深圳は激アツで、もう夏が来てしまったようです。外へ出るのが億劫で、ますますVRがはかどりそうな感じです。

さて、今日はマッサージに通い続けた感想を書きたいと思います。

毎週日曜日はマッサージデー

もとはといえば、うちの奥さんがマッサージのお姉さんの押し売り?にごり押しされていき始めたのがきっかけです。女性専用の美容系マッサージなので、奥さんと同伴なら男もOKとのことでしたが、「まあ行って来ればいいじゃん、経験だし!」と、自分が行く気は全くありませんでした。

肩こりの悪化により自分も通うことに

半年くらいたったのちに、自分の肩こりがものすごく悪化しました。頭痛が出るくらいだったので相当だったですね。まあ、主な理由は分かり切っていて、飲みすぎて床で寝ていたりしたのを繰り返したことなんですけど。

なんだかんだで、それを機に一回一緒に行ってみるか、ということになりました。ただし、 所詮美容系だから、そんなにゴリゴリ押す感じでもないだろとあまり期待せずに行ったら、認識の誤りでした。

まず、びっくりするくらい強度が強いです。最初は痛くて悶絶。ただ、まあ、強度自体は日本のツボ押しマッサージなんかでもあるんですが、それに加えて、押すポイント、マッサージするポイントが完璧!

大学時代にすし屋でアルバイトしていたときに、毎日マスターの肩もみを担当していた自分としては、結構マッサージする箇所についてはアマチュア会の中ではそれなりに知見が高い方だと自負しているんですが、日本のマッサージはとにかくポイントがいまいちで、ただ痛いだけ、という場合が多いですが、こっちはそんなことなく完璧。押したときの感触と、リンパあたりを把握できているのかなと。これは…最高じゃないですが…

結局ドはまりして毎週日曜日はマッサージデーに。子どもはその間ゲームをやっているので、特に問題なく1時間半ほど施術。

結果的に、何回か通ううちに肩こりがほぼ消えました。これは最高すぎますね。高校以降で頭痛や肩こりがなくなったことがなかったので、本当に素晴らしい体験です。

一人で行くことに

さて、家族が3月に帰国しました。マッサージは最高でしたが、女性専用ということですので、名残惜しいけれどもまあもう行くこともないだろうな、と思っていたら、マッサージ店のお姉さんから連絡あり。購入した券があまってるからお前だけでも来い!とのこと。 あれ?女性専用じゃなかったの?という疑問はありつつも、余りそういうところを気にするタイプでもなく、まあ、しばらくいけなくてまた凝り固まってきたし、向こうがいいっていうなら行くかなあと。

担当お姉さんとの会話が激化

で、コロナなりなんなりがあって、微妙に間があきつつも、またマッサージ通いを再開しました。

俺に対しては、ずっと同じ女性がマッサージしてくれています。その女性は、最初のうちの奥さんをごり押しして勧誘した人なんですが、とにかく良くしゃべる。 で、俺に中国語が通じないと怒る。「お前の中国語は全然うまくならない!」と毎回言われます。そりゃそうだ、あなたが使う単語は俺が仕事で使う単語と全くかぶらないんだもん。逆に「半导体」っていってもわからなかったじゃん!と言いたいですが、まあこっちが日常会話できなくて会話があまりつながらないのは事実なので、そこは「あー私がわるうござんした」と適当に受け流しています。

その中国語ディス以上に、さすが美容系だけあって、俺の容姿にとてもうるさいです。鼻がくすんでるだの、夏はプール行ってるせいで肌が真っ黒だの、眉毛剃れ!だのなんちゃらかんちゃら…いやいや、俺はそんなの気にして生きたこと一回もないから!

…ノーコメント
で、しまいには「顔パックの券があまってるから、一回やってみろ!」と。

いやいやいやいや、それはどうなの?と思いつつ、まあ人生でそんなことやる機会はないだろうし、一回やってみるか、となったわけです。 

やられた感想は、まあ、顔の色がちょっと変わったな、って感じ。今までろくに顔も洗ってなかったから、汚れがさっぱり落ちたんでしょう。(今でもあまり興味ない)

顔パック後

さて、人生初で顔パックをやった後、いったい何が変わったか。

あきらかに怪しげな
きゅうりパッケージの
洗顔フォーム
まず、人生初、といってもいいかもしれないが、洗顔フォームを買いました。といっても、高いのではなく、日本円にすると150円くらいのきゅうりのにおいがする怪しげな洗顔フォーム。(店に行って1000円くらいするやつらをみて怖気づきました…)

買った理由は、せっかく顔の色変わるくらいに汚れが取れたんだから、ちょっとの手間はかけてもキープしようかな、という気になったこと。まあ、大したことではないですが、一般の人類に近づいたということで、俺にとっては月面着陸ぐらいの大きなインパクトがありました(おおげさ)。

また、お姉さんとの会話も変化しました。今回の顔パックの施術は、お姉さんの美的感覚的にとても満足だったらしく、めっちゃほめてくれます。頬っぺたがやわらかくてみずみずしいだの、眉毛の形が最高だの、お前の奥さんは最高にいい人だ(これは俺関係ない)、だの… 

まあ、いつもお世辞だと思って適当にうけながすのですが、人間ほめられて悪い気はしません。しかも、俺の中国語に対しては相変わらずけちょんけちょんに言うので、まんざらお世辞というわけでもないのかもしれないです。 

結局、 こっちがお金を払っている、ということもあるんでしょうが、なんだかんだ(家族ぐるみで)気に入られているのかなぁと。しかも毎週いってるから、だんだん肩こりとかそういうのもよくなっているのが目に見えてわかるし、うれしいんじゃないかという気もしています。

なんとなく、こういう「ものすごく親切なおせっかい」な気質は、中国人の典型かな、という気もしています。

「ほめる」ということ

うちの奥さんを
べた褒めのお姉さん

ちょっとここで思ったのが、「 ほめる 」ということが本当に重要なんだな、ということです。

そもそも顔もろくに洗わないし鏡もほとんど見ないような俺が、洗顔フォームを買って、まがいなりにも顔なんか洗い出しているわけです。これは、彼女が「ほめる」ことによって生じたわけで、ただ「ほめる」という行為だけで、いとも簡単に他人の考え方を変えてしまえる、ともいえるのかなと。

ただし、ただ「ほめる」だけでは不十分ではないかなと感じます。

今回は、彼女の仕事・施術によって俺の顔が変わったので、どちらかというとこれは、彼女自身の自慢、とも取れなくもないです。ただし、それだからこそ逆に「本心でのほめ言葉」といえると思うわけです。

特に俺のような天邪鬼な人間からすると、他人に褒められると素直に受け取れない部分が多々あるのですが、彼女のほめ言葉には嫌味がなく、心にすっと来るものがあります。

当然、彼女はほめることによって俺に継続してお金を払ってほしい(生々しいですが、中国人の思考回路はストレートにそうな場合が多いですので)ということなんでしょうが、それにプラスして「ものすごく親切なおせっかい」が発動して、こういう「本心からのほめ言葉」になっているんじゃないかなと感じたわけです。

テクニックとしてほめることとの違い

近年、子育てや部下の育成でも、しきりに「ほめる」ことを推奨していますし、もちろんそれは怒るより効果は高いのかもしれません。ただし、俺みたいな天邪鬼な人間でなかったとしても、結局「本心でのほめ言葉」でなければ人は動かないし、むしろマイナスになる可能性もあるのかなと思っています。子ども含めてそこまで人間は単純ではないので(※行動分析学なんかを勉強すると、意外と単純だったりしますが、まあそこは深入りもできないのでおいておきます)、他人が本当にほめているかどうか、ということはきちんと見分けられているんでしょうね。

コテンラジオのカーネルサンダースの回を聴くと、彼の原体験で「自分が作ったパンを母親に届けたら、母親がおいしくて感激して、周りにも配ってみんなからほめられた」というエピソードが紹介されていました。これは、母親が母親目線としてほめるつもりではなく、カーネルサンダースの作ったパンの味に対する、本心からの「感激」がもたらしたといえると思います。と考えると、少々強引ではありますが、「本心でのほめ言葉」は、やった行為に対しての「感激」につながるのではないでしょうか?

こう考えると、テクニック的な「ほめる」にはあまり意味はないと思ってしまいます。そもそも、他人をどうこうしてやろう、という態度がよくないですね。ほめてのばす、という上から目線の態度ではなく、他人の行為に対して感激したことを素直に伝える、これが大事なのかもしれません。

そのためには、何事にも感激できるように自分のアンテナや人間性を整えておくことが、自分のほめ言葉や態度によって周りの人間によい影響を与えられるようになるのではないでしょうか?

まとめ

書いていると、あまりまとまりもないですが、マッサージ店のお姉さんとの会話から、「ほめる」ということについていろいろと考えてみました。

今けなされている中国語についても、せめて会話が通じてちょっと褒められる、相手に感激を与えられるくらいには(俺的には十分通じてると思うんですけどね)勉強しなおそうかなと思う次第です。

2022年4月23日土曜日

物理で動くキッチンタイマー

こんにちはこんばんは。昨日はお酒を飲みすぎて、カラオケ屋で部下の後ろで謎の踊りを繰り広げながら、中国語で熱唱していました…。反省のため、今日は家で一人で飲んでいます(おい)

さて、最近、というわけではないのですが、物理で動くキッチンタイマーを買いましたので、そのことについてつらつらと書いていこうと思います。

購入のきっかけは常に大混乱に陥っている頭の中

私は、基本的に頭の中が散らかっていて、何かをやっていることをどんどん忘れてしまう典型的なエニアグラムタイプ7の人間です。お湯を沸かしているのを忘れる、モノを取りに行っても何を取りに行ったのか忘れる、呼吸するのを忘れる、そもそも自分はどうして生きているのかを忘れる等々…。人間向いてないな、と思っちゃいますね。少なくとも、火事になっても困るので、お湯を沸かしているのを忘れないように、最近はスマートフォンでタイマーなどつけて対処していました。ただ、繰り返していくうちに思いました。スマートフォンのタイマーアプリを立ち上げる、という行為が全然スマートじゃない!まあ、そんなこと考える人はほとんどいないと思うんですが、私はそう思ってしまったわけですね。多機能は単機能に劣るというか、スマートフォンロック解除→アプリ立ち上げ→タイマー機能立ち上げ→時間セット→スタート!みたいな、その手順がとても無駄というか、面倒というか。せっかくタイマーセットしようという気もそがれて、結局は酒に逃げておぼれてしまう人生に…(言い過ぎ)

ということで、キッチンタイマーを買おうと思い立ったわけです。で、せっかく中国にいるので、どうせならタオバオで検索してちょっと面白そうなものがないかなと物色していると、ちょっと近未来的なタイマーを見つけて一目惚れ!ろくに仕様も調べずに購入してしました。

届いてみると、フォルムは完璧!さわり心地もよい!

ある人はこれを見て、「水滴!」と指摘。おお、確かに水滴だ!と思い、
それからこいつのことを「水滴くん」とよんでいます。
※「水滴」は小説"三体"で出てくる宇宙を移動する物体についている名前

…が、あれ?スイッチはどこ?電池は?これはマジで水滴で中にアクセスできないやつ?と試行錯誤しつつ、よくよく説明書(中国語)を見てみたら、なんとこれ、電池じゃなくてネジ式でカチカチ動くタイプじゃないですか!この21世紀の大都会深圳で、逆にアナログタイマーを購入するなどとは思いもしなかった!

試しに回してみると、古風な日本語で言うと「チックタックチックタックチックタック…」とアナログ音が。で、0になると「ジリリリリリリリリリ」と5秒弱鳴って勝手に止まる、という仕様。


え?5秒以内で止まっちゃうの?と最初は思ったけど、別に目覚まし時計なわけではないし、5秒もなれば十分だし、わざわざアラームをストップしに行く手間もないし、これは逆に合理的ではないか?と思い始めたわけです。

で、せっかくなのでポモドーロタイマーとして使用しするか、と思い立ちました。ポモドーロテクニックは何度も挑戦して、横やりの多さや、最初に書いた思考が飛び飛びになってしまうことが災いして成功した試しはなかったのですが、タイマーもあるわけだし、そもそもポモドーロテクニックの元々のトマト型タイマーはきっとアナログで、同じようなものだったと思うので、ある意味原点回帰だしちょうどいいかな、と軽い気持ちでスタート。

で、思ったより全然よかった

当初の購入のきっかけである、スマートフォンタイマーでの煩雑な手順は見事に解決されました。タイマーのセットは手で回して時間を合わせるだけ。手を離せばすぐに、チックタックチックタック…と音が鳴りだします。そして、終了の時間になれば5秒程度で音が勝手に鳴りやむのです!当たり前といえば当たり前だし、シンプルですが、いちいちスマートフォンを開かない、ということが、気が散るのを防ぎ、作業に集中できます。

もう一つ副次効果として、チックタックの音が鳴り続けることで、「自分は作業中なんだ」という意識が持ち上がるようです。

最終的に気づいたのが、手で回して時間をセットする、物理的に音が鳴る、という、アナログな動作をすることによって、やる気スイッチが押されたような状況になるということです。これはちょっとビックリでした。

アンカリングなのではないか

この効果って、いわゆる「アンカリング」なのではないか、と思いつきました。昔研修を受けたNLP(Neuro Linguistic Programing)というものの中にこの「アンカリング」という用語があって、ふと思い出したわけです。。最近よくスポーツ選手がやっているルーティーンなんかもその一種だと思います。

※行動経済学のアンカー効果?とはだいぶ意味が違うので注意ですね。

アンカリングは、いわゆる条件付け、というもので、例えば、会社に行って制服に着替えると仕事モードになる、といのもアンカリングだと、過去の研修では教わりました。

そういう意味で言うと、この「タイマーによる物理的動作や音」が、まさしくアンカリングになっているということですね。

効果は今のところ抜群です。例えば、ご飯を食べて、あー皿洗いたくないなーと思った時に、この水滴くんをくるっと回すと、さてやるか!という気分に一瞬で変化します。そして、少なくとも鳴っている間は、別の家事も含めてやってしまおうかな、という気持ちになります。少なくとも、デジタルタイマーを使用していた時はこんな動きはできなかったのと、スマートフォンなのでついついTwitterをチェックしてしまったり…と気が散りがちでしたが、それもなくなってとても良いですね。

ちょこっとさわりの研修を受けただけなので、NLPには詳しくないのですが、例えばこのタイマーを使ってアンカリングを繰り返すことで、アンカリングとしての機能が強化される!ということはあるのでしょうかね?つまり、このタイマーがなっているのを聞くと、無性に知的生産活動がしたくなる!うわー!家事やらないと死にそう!とか。…まあ、そこまでではなくても、そんなことがあれば、まさにやる気スイッチの開発完了!という風になりそうですが。ちょっとNPL勉強してみるかな。

これからも積極的に使っていきたい

ということで、今のところ私にとっては、この水滴くん、高機能やる気スイッチとして非常に使えています。この文章自体を書いているときも、隣で水滴くんがチックタックチックタックと快調に音を立てて回っています。

もちろん、やる気スイッチ的な使い方のほかにも、通常のタイマーとしてお湯の火のかけっぱなしを防止したり、VRで没入しているときに短くアラームが鳴って現実に戻してくれたりと、大活躍です。もう彼なしでは生きていけないと思います(大げさ)

この水滴くん、電池もないし、動きも単純なので、そうそう壊れることも手入れも必要なさそうですし、本当に三体の「水滴」のように、完全無欠なタイマーとして君臨してくれそうな予感がします。

ポモドーロの休憩中はやっぱりガツンと白酒ですね。
これはだいぶおいしいです。50度と3度ほど低め。



2022年4月18日月曜日

Oculus Quest2を買ってみてVRに思うこと in 中国

Oculus Quest2を買ってみてVRに思うこと in 中国

こんにちは。今日は久々に白酒を買ってみて、そのうまさに酔いしれているところです。

さて、早速ですが、VRゴーグルであるOculus Quest 2をFacebookの運営であるMetaが主体ということで、中国で使えるかどうかは2:8くらいであやしかったのですが、衝動買いしてしまいました。

Oculus Quest 2届いたよ!
 

2022年4月11日月曜日

研修で「しょりえさんは謙虚ですね」と言われた話

前置き

こんばんは。深圳はだいぶ暑くなってきました。酒を飲むと脱いで飲みたくなる日々が近づいてきました(そんな日々はない)

さて、今いろいろとデジタルノートの整理をしていて、 ブログにしようと何かしら文章を書いたのに、供養できていないやつを供養しようと、ちょっと昔のことになりますが掘り起こして文章にしようと思い立ちました。といっても、過去の自分がちゃんと思いのたけを書いてくれていたので、ほぼコピペで済むんですが。あと、どこかの媒体で公開したことあるかもしれないけれど、覚えていないので気にしないことにします。

※ちなみに、画像は全く関係なく、淘宝で見つけたおいしそうなパッケージのお酒です。味は結構いいです。日本酒と黄酒の間、という感じ。これはハマるかも。




去年の研修で言われたこと

今日の面談研修で言われたこと。

「しょりえさんは謙虚ですね」

いや、これおそらく人生で初めて言われた日本語かも。苦笑いして、普通に「いやいやいや…」みたいな感じでいたら、「ご謙遜を」みたいな…。自分としては、え?という感覚。

それに加えて、「繊細な方」という評価もされた。繊細…?繊細ってどういう意味だ?思わず検索してしまった。インターネット上の辞書によると、感情などが細やかなこと、だそうな。うーん…そんな人生、今まで一度も送ってきたことないと思うが…

発言の元となった面談は、面談といっても練習。こっちが相談される上司(課長)役、相手が部下役、という設定。相談内容は、もっと上の上司がダメだから辞めたい、という話。確かに、相手の言うことを尊重した上で、かつ相手が、自分に自信満々!課長なぞ屁とも思ってない!という感情が読み取れたので、自分をある程度へりくだって話していたのが、そう映ったのかもしれない。

面談練習で他の人のやり方を見ていると、やはり辞めるということに対処したことがないということと、自分が会社を辞めるって思ったことないんだろうな、という2点が感じ取れた。やりがいや熱意だけで人が動かず、少なからず評価や給料も気にしていること、各立場には各立場の想いがあり、それをきちんと伝えねばならないこと、うまくいかないのにはうまくいかないなりの会社としての立ち振る舞いがあること、そんなことが中国に来て学べているような気がする。

相手の気持ちを尊重する、と言うのは非常に難しくて、今回のケースで言えば、彼の気持ちは転職に大きく傾いていたのであり、それを支援するのが尊重とも受け取れるが、おそらくあの調子ではどこに行っても苦労するだろう、と言うのが感覚であり、それを伝えるのが真の意味での尊重なのかなとも思う。

面談自体は、やってるときはうまくしゃべれている気がしなかったけど、あとからビデオで見たらそれなりにできていたのかなと。少なくとも「今日は何の酒飲もうかな」みたいな感情は伝わらないレベルには冷静感を装っていた笑しかも、きちんと相手の立場にたって考えている風な感じ。ある意味、RPGが得意なのかもしれない。

そういう気持ちを「繊細」であり、「謙虚」だというのであれば、他の人がRPG的なことをできない、という意味で言えば、それはそうなのかもしれないが、そうはいっても自分が繊細と呼ばれるのはあまり納得はできない、というより、自分の周りの人間が「しょりえさんは繊細で謙虚」という評価に対しては両手をあげて反対するだろう。さらに言えば、自分が言わなくても、俺を知っている人たちが全力で否定する未来は目に見えている。

今思うこと

結局、こういう「研修になった瞬間スイッチが入って他人に合わせてRPGをやる」というのは、会社の研修を通して身についた内容で、まったくもって自分の本質ではないと思っている。それがいいことか悪いことかは別として、少なくとも組織の中ではいい影響があるんだろうけど、それをマネージャー側になる研修の中で(謙虚で繊細と逆の意味で)「もう少し傲慢に生きろ」と言われても、どの文脈の中でそれを発揮できるか、という話ですよ。少なくとも、今の会社組織にいる限り、自分の本質は表出しないのではないか、と思っている。

これって、本当に何かを損している気がする。もっともっと自分は空気読めない子だった気がするのに、空気に迎合している気がする。そこからちょっと抜け出したくて、今、いわゆる「勉強」というものに取り組んでいる気がするし、もうちょっと世界の深淵の、せめて淵に立つだけでも挑みたいと思う。

※ここらへんの「勉強」の使い方は、今読んでいる「勉強の哲学」の中の思想につながっているが、それはまた別の話。

2021年10月18日月曜日

やる気があるときにめんどくさいことを整理しておく重要性

倉下忠憲さんの「すべてはノートからはじまる」にこんな一節がある。

特に意欲が高まっている序盤であればあるほど、実行に移したい気持ちが強まり、ノートなんて書いていられるかという気持ちが強まります。 

まさに今アプリづくりでその問題に直面している。

Vue.jsという自分にとっては新しいフレームワークを使い、Atomic Designなる耳障りのよい設計技法を取り入れながら、最終構想を頭の中に置きながら徐々に具体化していったアプリケーションだけど、高々最終更新から3か月たって覗いてみたら、もう全くわからないではないか!

また、あの頃は自信満々に書いていた書き方も、今見ると稚拙に見えてしまう... それは、過去の自分に正しく突っ込みが入れられるという意味で、自分が成長したという風にも言えるのだけれども、成長しただけでコードが直るかといわれるとそんなわけはなく。結局、未熟なコード(当時の最適解は大抵今の最低限である)といくつかのわかりにくいコメント(過去の自分は得てして今の自分には理解できないものだ)しか残っておらず、再構築や修正は困難を極めるのであった。

つまり、今の自分のやる気では、自分の生み出したソフトウェアに対してノートを書きはじめることすらできないのである。 

では、アプリを作り始めた時の自分にその設計思想をノートに記すだけの気持ちがあるかというと、それは冒頭の引用の通り全くないといっても過言ではない。 

そんな怠惰な僕らはどうすればいいのか

それも倉下さんの本に何度も出てきているが、ノートである。ノートに記せないなら、 ノートを作るだけでもいいではないか。 倉下さんは本の中でノートというものの定義をかなり拡張し、全ての記述物≒ノート、と定義づけているが、「ノートを作るだけ」というのはアナログノートではかなりハードルが高い。そのハードルの高さを見込んでか、冒頭でノートに関して「不真面目に」使うことを提唱しているが、さすがにいくら不真面目にと言われても物理的なノートの最初のページだけ使ってあとは使わないという事象や、一つのノートに(本当の意味でのじゆうちょうのごとく)複数テーマを盛り込んで記述するのは精神的ハードルが高い。 その点、デジタルノートはその心理的ハードルが低い。白紙ページはなく、いくら増やしても物理的に場所は取らず、あとで修正や検索もしやすい。 そういう意味で、「ただノートを作るだけ」という行為がとてもしやすい。 

始めた時点で終わりまで完走できる保証はない

ノートを作ったら、のちの整理がいるのではないか、と考えたけれども、そもそも始めたことを終わりまで実行し、完走しきる保証はない。自分の場合は始めたことの少なくとも50%は続かない。(50%でも控えめかもしれない)

というより、頭に浮かんだ時点でスタートとするならばその90%以上は消え去る運命にあるだろう。

ただし、その消え去った出来事も数年後に花咲く可能性はあるわけだし、その時点で、表紙に「〇〇ノート」があるのとないのでは障壁が段違いである。過去自分が考えたことであり、少しでもその決定の断片が見えれば、今回の思考にも生かせるわけである。

そういう意味で、たとえ完走できる保証がなくともノートは作っておくべきだ、と思うわけだが、思いつくたびに白紙のノートを買っていたのでは金もスペースも書きこむ鉛筆ももたないだろう。そこで、デジタルノートでまず項目を作って書き出しておくことが重要なのだ。むしろ、完走できる予定がなければないほど、最初のノート書き込む、という有用性は非常に大きい(主語がでかい)

短くても書くこと

ということで、デジタルノートが使える今、物理的なノートに対する成約はなくなり、明日終わるかもしれない人生をちゃくちゃくと記すこともできます。長さに制約はないですが、(本人が整理整頓を気にしなければ)(私の小学校時代は返事はいいけど整理整頓ができない、でした)、思いがなければ高々数10文字でおわるノートもあるでしょう。ただ、それでいいんじゃないかという気がしています。なぜならば、そこに記録がある、ということが、次回始めようと思った時の障壁をぐっと下げるわけで。

まとまりないですが、まず書く→そこから育てる、が重要なんですかね。

2021年5月5日水曜日

Vue.js + Dexie: tableの取得でちょっとハマった件 (未解決)

Vuejs Dexie tableの取得でちょっとハマった件 未解決.md

Vue.js + Dexie: tableの取得でちょっとハマった件 (未解決)

Vue.jsのデータ永続化にLocalStrageではなくIndexedDBを使ってみようということで、Dexieを導入。

チュートリアルに従って、まずこんな感じでDatabaseを作成。

async createDB(){ this.db = await new Dexie('testdb'); this.db.version(1).stores({friends: 'name, shoeSize'}); }

当然、この命令を毎回使ってやると書き込み、読み込みともにうまくいくんだけど、version(1)のkey nameを毎回定義しているイメージなのでなんとも気持ち悪い。なので、試しにdb作成後下記に書き換え。

async createDB(){  this.db = await new Dexie('testdb').open(); // storesの行を削除 }

存在しているDBを直接OPENしてやるイメージで、当然動くだろと思っていたら、データの追加や取得を下記コードで実行しようとすると、エラーが出る。

async addData(){ await this.db.friends.put({name:"Hoge", shoeSize:28.0}); }, async getData() { this.testdata = await this.db.friends.where('name').equals('Hoge').toArray(); }

エラーメッセージ: TypeError: Cannot read property 'put' of undefined

公式Docのこの書き方(Dexie.[table])に該当すると思うんだけど、tableを毎回storeしなければならないとは当然書いていないし、さすがにそんなことないと思うんだが…

logを確認すると、openまではうまくいってそうだけど、tableのアクセスがうまくいってない…

で、Docをさらってみると、もう一つtable関連の命令があった→Dexie.table()

変数として結果を保管するのは1.3までは危なかったけど、1.4以降は大丈夫だよ!という感じなので、基本は上のプロパティを使ってよ、メソッドも大丈夫だけど、ということか?

まあ、考えても他に手がないので下記に変更。

async addData(){   await this.db.table('friends').put({name:"Hoge", shoeSize:28.0}); }, async getData() {   this.testdata = await this.db.table('friends').where('name').equals('Hoge').toArray(); }

これでうまくいった模様…なんでだ?Vue.jsだから?

教えて偉い人!!